MACHAKOのダンスコラム(5)                              簡単に見えることの難しさ、自分でやってみないとならないことの多さ


人がやっていることが簡単そうに見えることがある。

でも実際自分でやってみると とてつもなく難しい場合がある。

 見た目通りやってみたら簡単なものもあると同時に

 見た目と違いとてつもなく難しい場合がある。

 そしてどっちも結局は自分でやってみないとわからないことだったりする。

 そう考えたら世の中のほとんどのことは

やってみないとわからないということになるんじゃないかなと私は思う。

今日は、なんと10年ぶりにとある男性にキューバンダンスを教えてきたのだが

彼は10年間サルサ音楽を聴ける環境にいながらペアダンスをやろうと自分で決めなかったため踊ることができないでいた。

リズム感もあるし体も柔軟性がある、素養がある。

なのに

「自分でやろうと決めなかったから」10年間も踊れずにいたのである。

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 素養があるとか才能があるとか他からいうのは勝手なんだなとわかる。

要は

自分でやろうと決めない限り素養も、才能も、可能性も開花することはない。

 彼は1時間の体験レッスンの途中になんども瞳を輝かせ

「基本ってすごいですね!」と言った。

 基本がすごいというこの大きな答えが出せるまでに何年もかかる人が多い。

応用は基本の上に成り立っているのでどんなに小難しい技を決めたところで

そのあとにリズムが崩れて、ムーブメントが崩れたら終わり。

なのであるがそこに注意を向けない限り、「難しいところ」だけに集中するから

基本が壊れてしまう。

 どんなことが起きても崩れない基本の動き。

本当に、それだけが大事なんだと、後でわかったりするが

その時には、なかなか治せない癖がついている場合も多い。

 踊りは本当に出会うタイミングが難しい。

先生も環境も自分の今の生活も

でも一番大事なことは とにかく始めることなんだ。

始めもしないでわかったような気になってしまっているような人

始める前から難しそうだからなと決めてる人

それはとってももったいないこと。

10年かかったけど今年キューバに行く目標がある彼にとって今後の個人レッスンは非常にためになると思う。

それは

踊りが上手になるなんていうのはむしろおまけ。

自分でやろうと決めたことを実現していくことに意欲を燃やせることが

何よりもどんなことよりも踊りよりも価値があるから。

そこに気が付いたならOK

キューバで踊れる自分を今頃妄想していることだろう。

 前向きに取り組もうという人の持っているオーラはどんなものにも消すことはできない。

そのオーラは、現地キューバ人も魅了するだろう。